
浜野氏:
本当はもっと映画館をやりたいんだけれども、本当に採算性が悪い。そこが、日本のような高い地価ところで、どれだけできるかのか。
カフェも絶対重要だし、喫茶店も重要だ。だから、都市文化にとって不可欠なものがどんどん一階から消えていくという事をなんとかしないといけない。円山町には一階にカフェや映画館の入り口があったりする必要がある。(今は)全部地下に降りてしまっている。
やっぱり恋文横町の良さっていうのは、一階にぱっと覗いたら「ジャーン!」ってやってる人がいたから良いんですね。それが無くなってしまったことが不幸ですよね。
黒崎氏:
それで安易な、目先のお金を儲けたいという下品なお店がいっぱい出てきちゃたんで、やっぱ文化が亡くなっちゃいましたよね。
浜野氏:
目先の金儲けとね、もうひとつは、大きく儲けてやろうという、大きく短期に金を奪取しようという森ビルのような連中がね、結局奪取するんだろうけども、後恐らく遺跡が残るというか、要するに廃墟が残るだけだと思うんですよ。
だから、恐らく六本木ヒルズだって廃墟になるし、表参道ヒルズだって廃墟になるし。
黒崎氏:
廃墟になったらそれはそれで面白いですけどね。
浜野氏:
早く廃墟になっちゃった方が良いんですけどね。だから、物凄くつまらない仕事だと思うんですよね。考えてみたら。
黒崎氏:
人間の文化の営みのセオリーを考えて、まあ浜野さんの本にも書かれてますけども、そう言う流れでやっぱりブラジリアもそうですけど、なんか人為的に造りすぎた街っていうのはつまらないものがありますよね。
浜野氏:
同じ人為的でもね、今度防衛庁の跡地で「ミッドタウン」をやってるじゃないですか。あれは正統派でね。せめてああいう風に収まってた方が良いんですよ。
黒崎氏:
あれは評価するんですか?
浜野氏:
評価じゃなくて、自然の成り行きだから。だからそれに見合うような安藤忠雄だとか、なんか外国の建築家だとかを使って妙な事しない方が良い。まあもちろん、ミッドタウンも安藤がやってるけども、それは安藤的にこぢんまり収まっているから良いんであって。あのー、それを前面に「顔だ、俺だー」みたいにね、「それやめとけ」って言いたいですね。
黒崎氏:
エゴだとか自己顕示欲が見えるとあんまり良くないですよね。
浜野氏:
権力欲とかね。それは結局身を滅ぼすんで、もう少し謙虚にやらないといけない。
黒崎氏:
まあ人というのはエネルギーが余ると、とかくそういう風にでがちですよね。
浜野氏:
それはあるっていうかね、乗せられちゃうんだよね。一番危険なのはそれなんですよね。
浜野氏:
基本的には、円山町全体を何とかしようと考えても、なかなか日本の場合上手くいかないんですね。(我々が)全体で何かやれることって言うのは、その地域の大体のテーマを考えることとか、歩道を直すとか、舗装を直すとか、電信柱を無くして貰うとか、なんかそのようなものなんだろうけども、個別の事業については、本当に自由に任せた方が良いと思う。
任すけども、基本的に良いモデルを(我々が)三つ四つ五つと作ってやる必要がある。それを俺たちがやればいい。
で、それをやっておけば必ず(街が)付いてくると。何故付いてくるかって言うと、良い事業が重なっていって話題になると、必ず資産価値が上がる。担保能力が上がる。そうすると、それを目当てにやっぱり土地を買おうとする人達が出てくるし、同時に売ろうとする人達が出てくる。「こんなに高くなったんじゃ、もう売った方が得だ」と。
そう言うところで一挙に動き出すんですよね。だから今将にキャットストリートがその時期で、一挙に動き出している。だから、(そうなるまでに)大体十年ですね。
黒崎氏:
円山町はどうなればいいと思います?六本木ヒルズじゃないとしたら。
浜野氏:
まあだからね、円山町は何かある、「何する?今日」っという答えを用意するところ。
黒崎氏:
「取り敢えず円山町行こうか、行けば何か面白いのがある」というのが良いわけですね。
浜野氏:
もう全国チェーンばかりの所じゃなくてね。円山町行ったら、それぞれ個性がある、物が並んでいる、要するに「今日どうする?」と言ったら、「円山町でも行こうか」みたいな。
そういう場所になれば良いんだけどね。
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制作・著作 山中豆腐店
浜野 安宏 / HAMANO Yasuhiro
京都出身のライフスタイルプロディーサー。多摩美術大学 客員教授。日本大学芸術学部映画学科卒後、浜野商品研究所(現・浜野総合研究所)を設立。
固有の街並みや文化を活かした建築物を作ることをモットーとして、現在まで、From-1st(表参道)、キャナルシティ博多、キャットストリート(原宿)、QFRONT(渋谷)などなど多数のプロジェクトを手掛けている。
・(株)浜野総合研究所
・公式プロフィール
・Q-AXシネマ
・QFRONT
黒崎 輝男 / KUROSAKI Teruo
1949年東京生まれ。
早稲田大学理工学部応用物理学科卒業。アンテイーク家具の輸入販売を業務とする黒崎貿易株式会社を設立後、 『IDEE』を創立。オリジナル家具の企画販売・国内外のデザイナーのプロデュースを中心に 、”生活の探求”をテーマに生活文化を広くビジネスとして展開。
「東京デザイナーズブロック」・「Rプロジェクト」など、 デザインをとりまく都市の状況をつくることに取り組んでいる。 2005年、「好きな人とだけ好きなことしかしない」をコンセプトに 『流石』と言わせることが目的の流石創造集団株式会社を設立。 デザインを媒体としたコミュニケーションのあり方を広めるべく 世田谷ものづくり学校内にスクーリングパッドを開校、 デザインコミュニケーション学部長に就任。
・恋文横町
戦後から60年代頃まで渋谷に存在した小路。
・ブラジリア
ブラジルの首都。未開の地に作られた計画都市。
・東京ミッドタウン
六本木に存在する大型複合施設。
・キャットストリート
浜野氏が手がけた原宿のファッションストリート。