
ナレーション:
有賀千晴さん、御歳89。
長野県出身の有賀さんは、戦後、ここ渋谷・円山町にて旅館経営に携わって以来、渋谷のみならず、全国の旅館組合を牽引してきました。
1954年、37歳にして渋谷旅館組合、渋谷環境衛生協会、渋谷食品衛生協会、渋谷災害予防協会、渋谷防犯協会理事就任をかわきりに数々の要職を歴任。
初めての受賞は、1961年の東京都衛生局長感謝状。それ以後も受賞を重ね、その数、計19回。1983年に東京都知事表彰を受けると、翌年、「教育・衛生・殖産開発などの事業を興し公衆の利益に功績著名な者、または公共の事務に勤勉し労功顕著な者に」授与される、藍綬褒章を授章しました。
有賀氏:
そこにフロントがあるでしょ。
強盗犯がそこに来てね、(従業員の)女の子が後ろを向いていたら、担当をかざして、「金を出せ」といって、脅していた。
そこにちょうど僕が、自室から出てきて、(犯人が)僕を見たら、逃げ出しちゃった。
包丁も、持っていた黒い袋も、それを持っていって、逃げ出しちゃったんだ。
僕はそのままほっといたんだ。
そしたら、刑事課が来てね、(犯人が)この渋谷の街を幾通りも歩いていて、自首しようかな、逃げようかな、と思って(犯人が)迷いながら歩いていた。
刑事課が、その男を連れてきた。それで僕は自分なりの考えを言ったんだね。あの刑事も優しい刑事でね、色々(犯人に)教えてやって下さいって言うから、
「いや、教える立場でないけれども、そんな小さな事で人生を失ったらお前さん後悔するぞ。もう少し真面目にやれ。金なんて無くたって、食っていけるんだから、頑張りなさいよ」って。
そしたら、最初の手紙が来てね。「一生懸命勉強しています。仰るとおりの人生を送りたいと思います」って。それくらい一年くらい経ってから、また、今度は封書で手紙が来た。「今、勉強して仕事を習っています。これからもご迷惑を掛けるような事は、一切しない覚悟で働いております」って。その手紙がありますよ。それは、しっかりした字で書いてあったね。最初の手紙と次のとでは、字が違っていたね。それだけ立ち直ったんだね。
何かしら犯罪の名前を付けなきゃいけないということで、道路交通法で起訴したんだ。それで、罰金を少し納めて終わったんだ。
4分56秒
制作・著作 山中豆腐店
有賀 千晴 / ARIGA, Chiharu
1917年、長野県生まれ。終戦後、霞山荘という昭和天皇も泊まられた長野県にある旅館の支配人となる。その後、円山町に移り住み、渋谷旅館組合長として多方面で顕著なる業績を残す。
一線を退いた今でも、東京都ホテル旅館同業組合相談役・渋谷ホテル旅館組合相談役として円山町を静かに見守っている。
有賀氏の受賞・受章年表
'61年 警視総監感謝状(人命救助)
東京都衛生局長感謝状
'66年 全国中小企業団体総連合名誉総裁総理大臣感謝状
'67年 東京都衛生局長感謝状
'69年 東京都知事感謝状
'73年 東京都食品衛生協会会長感謝状
'74年 東京都環境衛生協会会長感謝状
厚生大臣表彰
'77年 東京都食品衛生協会会長表彰
'78年 東京都納税貯蓄組合連合会会長表彰
東京都食品衛生協会会長感謝状
厚生大臣感謝状
'81年 消防総監感謝状
東京都納税貯蓄組合総連合会会長表彰
渋谷税務署長表彰
'82年 東京商工会議所会頭感謝状
渋谷区長表彰
'83年 東京都知事表彰
'84年 藍綬褒章